大阪地方裁判所 平成3年(ワ)2226号 判決 1992年6月22日
原告
真鍋淳司
右訴訟代理人弁護士
田中康之
被告
国際証券株式会社
右代表者代表取締役
松谷嘉隆
右訴訟代理人弁護士
松下照雄
同
川戸淳一郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は原告に対し、原告から別紙債券目録記載の債券を受領するのと引き換えに、金一八六一万九〇〇〇円及びこれに対する平成三年七月六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一当事者間に争いのない事実
被告は、有価証券の売買等の媒介、取り次ぎ及び代理等を目的とする株式会社である。
原告は、被告の従業員斉藤康正(<省略>)から外貨建てのワラント債券(<省略>)の購入を勧められ、同人を介して被告において、別紙ワラント債券出入一覧表(<省略>)記載のとおり原告のためにワラント債券の売買を行った。
(<省略>)
二争点
(原告の主張)
斉藤は、ワラント債券の意味をよく理解できない原告に対し、その購入を強引に勧め、「絶対確実にもうかる良い商品だ。」などと申し述べ、原告に十分な説明をしないまま独断専行する形で、別表のとおり原告のためにワラント債券の売買を行ったのである。しかも、これらの売買は、被告の手数料収入を得るために顧客の所持していた債券をたらい回しにしてなされており、証券取引法にも反する。したがって、これらの理由により、原被告間の本件ワラント債券の売買取引(売買契約)は、民法九〇条に従い無効である。また、原告は、本件の取引に際し、ワラント債券の何たるかを知らないなど有効な効果意思を有していなかったものであって、意思表示は法律上無効である。
よって、原告は被告に対し、現在手元に残っている別紙債券目録記載の債券を返還するのと引き換えに、別表の累積支出末尾記載の出捐額一八六一万九〇〇〇円及びこれに対する原告の平成三年七月三日付け準備書面送達の日の翌日である同月六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告の主張)
斉藤は、本件ワラント債券の売買取引に関し、原告に対し、説明用のパンフレットを交付して取引の性質、仕組み、危険性等を十分に説明しており、原告も、その説明を理解して自らの判断で本件の取引を行ったのである。
第三争点に対する判断
当事者間に争いのない事実、<書証番号略>、証人斉藤の証言、原告本人尋問の結果(ただし、採用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実を認めることができる。
一原告は、肩書地で針灸師を営んでいる者である。原告の母真鍋キタ子(<省略>)は、昭和五五年五月ころから被告との間で証券の売買取引を行っていたところ、昭和六一年五月右内頚動脈閉塞により入院して以来、原告が、同女に代わって資金運用を任され、被告との取引を行って来た。そして、昭和六二年一二月には、原告自身も、口座を開設して被告と証券取引を行うようになった。原告やキタ子は、当初投資信託や株式売買を行っていたが、昭和六二年六月から原告らの担当となった斉藤の勧めもあって、原告において、ワラント債券の取引を行うようになった。
二ワラント債券とは、分離型の新株引受権付き社債のうち新株引受権部分のみを分離した証券であって、一定期間内に一定金額を払い込むことによって新株を取得できる権利を表象した証券である。発行会社は、その発行前に投資者が新株を引き受けるために払い込むべき行使価額を定めるが、株価が上昇していて新株引受権を行使することにより割安に新株が取得できる場合であれば、投資者は新株引受権を行使して割安なコストで新株を取得する機会を得るものの、株価が下落して新株引受権を行使して新株を取得するコストが割高になれば、投資者は新株引受権を放棄せざるを得ないこともある。また、投資者は、新株引受権を行使する代わりに、ワラントを転売してワラント自体の値上り益を得ることもできる。こうしてワラント債券は、理論上時々の株価から新株引受価額を差し引いた金額の価値を有するが、投下資本が株式の売買の場合より著しく少なくて済み、株式以上に価格変動率が大きくなる傾向があることから、少額の資金を投下することにより株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能であるが、その反面、値下りも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともある。更に、外貨建てワラントの場合は、為替の影響によっても差損や差益が生じる。
三原告は、キタ子を代理して被告とワラントの取引を始める際、斉藤からワラント取引に関する説明書(<書証番号略>)を渡されて目を通したが、そこには、ワラントについて、その内容、取引の仕組み、危険性等が分かり易く解説されている。また、斉藤は、口頭でも原告に対し、ワラント債券の性質、取引の内容、投機性の高さ(ハイリスクかつハイリターンであること)等について説明をし、原告も、自身で書店においてワラントについて調べるなどして、十分な知識を得ていた。こうして、キタ子の取引口座においては昭和六三年二月から、原告の取引口座においては別表のとおり平成元年一月からワラントの取引が始まったが、原告は、いずれも取引の開始直後、自分の判断と責任においてワラント取引を行う旨記載された確認書(<書証番号略>)に署名捺印した。
四斉藤は、危険が増大することを避け取引の規模をあまり拡大しないよう配慮して、原告に適切な銘柄を推奨し、原告の事前の了解を得て本件の取引を行った。ワラントの取引が成立すると被告から取引のあらましの書かれた取引報告書が顧客に送られ、また、定期的に取引の残高を示す報告書が顧客に送られるが、本件においても同様これらが原告やキタ子に送られている。原告及びキタ子は、被告とのワラント取引によって、平成元年一月以降、一つの銘柄で四万円余りの損失が出たのを除き、総額で四〇〇万円余り(原告に関する別表の取引では三五〇万円余り)の利益を上げ、昭和六三年度の取引も含めると、利益の総額は約五〇〇万円に達している。なお、原告は、本件の取引と同時期において、被告との間で、投資信託の他、数回にわたってそれぞれ数百万円規模の株式の売買も行った。
五原告は、本件のワラント取引を始めて、利益を上げていたことに満足し、キタ子ともども斉藤に対し、「もっと頑張って利益を出してくれ」などとワラント取引に積極的な態度を取っていた。原告らと被告とのワラント取引の期間は二年以上にわたるが、その間原告から苦情が申し述べられたことはなく、別表の取引が終了した後もほぼ半年以上もの間、原告から何らの苦情や異議の申し出はなかった。原告は、現在別紙債券目録記載のワラント債券を手元に所持しているが、これらはいわゆる湾岸紛争発生後の株価の暴落により時価評価が著しく低下し、平成三年八月現在で総額二〇〇〇万円を越える評価損が出ている。
右認定に鑑みれば、原告は、ワラントに関する取引の内容、仕組み、危険性について十分な理解をしたうえで、被告との本件取引を行ったものというべきであり、また、各取引は原告の事前の了解の下になされたというのであるから、原告はワラントについて理解に欠けていた、原告に十分な説明をせずに独断専行して取引が行われた、また、原告において取引につき有効な効果意思を有していなかった旨の、原告の各主張はいずれも採用することができない。更に、原告は、本件の取引は被告において手数料収入を得るために顧客の所持していた債券をたらい回しにしてなされた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。その他、本件のワラント取引に違法の点が疑われるような事情は、何ら伺えない。
よって、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官内藤正之)
別紙債券目録<省略>
別紙ワラント債券出入一覧<省略>